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iPad Airのキーボードを使うためのブログ

iPadと純正キーボードを買ったものの使わないと勿体無いので、お芝居や映画の感想を書こうと思います。普段はOLしているよ。

Kinky bootsの英語詞をメロディーにとらわれず和訳してみる−7. Not My Father's Son

みなさんお久しぶりです。
リアルが激務+体調が微妙というコンボ攻撃により、

ツイッターのアカウントごと放置しておりました…

今日からはなるべく隔日更新くらいのペースでいきたいので

シェアや野次などよろしくお願いします!

 

そして私は10/8と10/20にKinky Boots来日版を観劇してきました。
大感動の感想と考察は鋭意執筆中ですのでそちらもお楽しみにしていただければと思います。
大阪公演が終わるまでにはこのシリーズを終わらせたいぞ…!


ということで今回は、日本版大千穐楽で春馬ローラが

嗚咽を漏らしながらも繊細に素晴らしく歌い上げた、Not My Father's Sonを取り上げます。

 

お約束などはシリーズ第一回をお読みになってからどうぞ!

それではいきますよー

 

Not My Father's Son
親不孝の息子

When I was just a kid
Everything I did, was to be like him
Under my skin

私が子どもだった頃
やることなすことすべては、
父さんと同じであることを求められた
がんじがらめになったよ

 

My father always thought
If I was strong and fought
Not like some albatross, I'd begin
To fit in

父さんはいつも思ってた
私が強くて闘える子だったらと
悩みの種になりたくなくて
父さんの理想に近づけるように努力し始めた

 

Look at me powerless and holding my breath
Trying hard to repress what scared him to death

私をみて 力なく佇んで息をひそめているの
父さんを死ぬほど怖がらせてしまったことに

必死に耐えているのよ

 

It was never easy to be his type of man
To breathe freely was not in his plan
And the best part of me
Is what he wouldn't see

父さんの望むタイプの男になるのは簡単じゃなかった
自由に息をして生きるのは、父さんの理想にはなかったの
そして 私の一番の長所は
父さんが見たくないところだったの

 

I'm not my father's son
I'm not the image of what he dreamed of
With the strength of Sparta and the patience of Job

私は親不孝な息子
父さんが思い描いた理想じゃなかった
スパルタのように強くなって
ヨブのように耐えても [野次タイム その1]

 

Still couldn't be the one
To echo what he'd done
And mirror what was not in me

なれなかったの
父さんが成し遂げたことを真似するのは
私は映らない鏡だったの [野次タイム その2]

 

 

So I jumped in my dreams and found an escape
Maybe I went to extremes of leather and lace

だから夢のような世界に飛び込んで、逃げ場所を見つけたの
レザーとレースだらけの場所に

 

But the world seems brighter 6 inches off the ground
And the air seemed lighter
I was profound and I felt so proud
Just to live out loud

でも地面から6インチ離れたら、世界が輝いて見えた
空気は薄くなった気がしたけど
心の底から自分を誇りに思えた
自信を持って生きる自分を

 

I'm not my father's son
I'm not the image of what he dreamed of
With the strength of Sparta and the patience of Job

私は親不孝な息子
父さんが思い描いた理想じゃなかった
スパルタのように強くなって
ヨブのように耐えても

 

Still couldn't be the one
To echo what he'd done
And mirror what was not in me

それでもなれなかったの
父さんが成し遂げたことができるような男には
私は映らない鏡だったの


The endless torment of expectations swirling inside my mind
Wore me down

終わりの見えない期待の苦しみが心に渦巻いて
心がすり減った

 

I came to a realization and I finally turn it around
To see
That I could just be me

それでわかったの 遂に方法を見つけたの
それはね
私がただ私らしくなることだったの

 

Charlie:
I'm not my father's son
I'm not the image of what he dreamed of

チャーリー
僕も親不孝な息子だよ
父さんの思い描くような息子じゃなかった

 

Lola:
With the strength of Sparta and the patience of Job

ローラ
スパルタのように強くなって
ヨブのように耐えても

 

Charlie/Lola:
Still couldn't be the one
To echo what he'd done
And mirror what was not in me

それでもなれなかった
父さんが成し遂げたことができるような男には
(父さんが持っていたのは)自分は映らない鏡だった

 

Lola:
We're the same, Charlie-boy, you and me.
Charlie from North hampton, meets Simon from Clacton.

ローラ
チャーリーちゃん、私たちは似た者同士だったのね。
ノーサンプトンのチャーリー、私はクラークトンからきたサイモン。

 

Charlie:
Let's make boots.

チャーリー
ブーツをつくろう。


ここから野次タイムーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
[野次タイム その1]スパルタとヨブについて
スパルタはスパルタ教育のスパルタです。
スパルタ教育とはそもそもなんぞやというところですが、

古代ギリシア時代にスパルタという国があって、

そこの軍事教育制度のことを元々スパルタと呼んでいました。

 

当時のスパルタでは、親が子供を育てることはなくて

兵士が子供にめちゃめちゃ厳しい訓練を施して勇敢な戦士に育てます。

めちゃめちゃ厳しい訓練なので当然怪我したり病気になったり

する子もいますが、そういう子たちは川にぶん投げられて殺されてしまいます。(かわいそう…)

歌詞では「with a strength of Sparta」とありますが、以上を勘案すると、

ここではそんなスパルタ式のお父さんからのボクシングのトレーニングから

生き残るくらいの強さという意味になります。


次はヨブです。聖書に出てくる人の名前です。
聖書の章の中に「ヨブ記」という箇所がありますが、そのヨブさんです。
なんでJobでヨブなのか問題ですが、(歌でもジョブと歌ってますね)

これは、聖書ははじめにヘブライ語で書かれ、その後ラテン語に翻訳されていきます。そのラテン語ではJは英語で言うYの読み方だったというのがひとつ。

 

もうひとつは、日本に聖書が入ってくるときに、外国語に対する姿勢として「聞こえたまま文字にする」というのがひとつのルールとしてあったので、ヨブ記のヨブはJobとかくけどそう聞こえるから「よぶ」と書くことにしたと偉い人が決めたんでしょうねー

そして本題のヨブさんis誰というところです。

まじめに解説すると長くなるのでざーーーーっくりいくと、ヨブさんはいい人で

財産も家族も神の祝福も受けていたけど、人生がうまくいきすぎているのを

サタン(悪魔)に怪しまれて、神様を煽ってヨブをある病気にかからせたり、

ひどい病気になるなんて悪いことしたんじゃないのかと友達に疑われたりするけど

結局自分の潔白と神の偉大さを信じ続けて、

病気に耐え抜き神からさらに財産と寿命と子孫繁栄を手にいれてめでたしという話です。

一言でいうと、めちゃめちゃ我慢強い人ということです。

 

ローラに話を戻すと、本来の自分を偽って生きるのは、悪魔に誘惑されて神様や家族からも非難されるくらい辛いことだよねってことで、ヨブをここにもってきてるのかなという感じでしょうか。

 

なっげえですがもう少々おつきあいください。

 

[野次タイム その2]
And mirror what was not in me
私は映らない鏡だったの

ここはめちゃめちゃ難しかったので補足というか言い訳です。
このお話の中では、根底に「他人は自分を映す鏡」というメッセージが流れているのかなーと思っています。
その鏡に映った像に魅了されて取り込まれてしまうのか、

冷静に見つめて自己研鑽に励むのか、まあその使い方は色々かなと。

その鏡ですが、ここの鏡はローラのお父さんの心の鏡ですね。

息子であるローラが生まれて、自分は叶わなかった最強のボクサーにしようとしていたから
お父さんの鏡にはマスキュリンでマッチョなローラしか、

息子として映れない(映ることを期待されていない)のです。

 

それなのに現実のローラは、赤いヒールが大好きという、

お父さんには受け入れがたい状態の子供だったわけです。

何が言いたいのかわからなくなってきましたが、

本当の自分は、お父さんの心の鏡には受け入れられない(映れない)姿の自分だったというわけです。切ない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーここまで野次タイム


さあ、今回は解説がクソほど長かった!
完全に自己満足の世界ですが、いかがでしたでしょうか…
今回は以上です。
いつもツイッターなどでシェアいただきありがとうございます。
私のモチベーションになります;;;;

次回もよろしくお願いしまーーーーす!

 

追記(11月4日22:53)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

>シノさん
ご指摘ありがとうございました!
シノさんのご指摘の通りですねー
中学レベルのScared 人 to deathのイディオムを見逃すなんて
まだまだ精進が足らなかったです;;

そうすると、シノさんの訳のとおり、
Trying hard to repress what scared him to death
父さんを死ぬほど怖がらせたことに必死に耐えている
となります。
怖がらせたという感情(申し訳なさとか?)と同時に、
怖がられたときの感情(悲しみ)も我慢しているようにも読めます。
そしてやはり森雪之丞大先生は天才かよ…ってなりますね…

こう…おもむろに涙が…みたいな

 

わかりあいたいのに分かり合えない親子って辛いという話に関して
始め私はローラの方が親子問題については辛いところを抱えていると思っていたのです。
しかし来日版を1回目に一緒に観劇した友人と感想戦をしたときに、
心の断絶のありそうなサイモン親子はどちらも存命なのに対して
比較的いい感じで交流していたチャーリー親子は
すでにお父さんが亡くなっているので実はチャーリーのほうが
父に対する気持ちの整理の付け方は難しいだろう みたいなことを言っていて、

キンキーブーツどんだけーーーーー?!?!?!

エピソードの深さ!!!なんなん!!!!?!??!となりました(?)

 

シノさん、コメントありがとうございました!

上の訳もこっそり直しております…

そしてなんとタイトルを間違えていたことに気づきました…お馬鹿かよ…

× I'm Not my Father's Son     ○ Not My Father's Son

これもしれっと直しました…ごめんなさい…

今後ご指摘などいただけた方にはこんな感じでお返事していければなと考えております!

今回のように誤訳に関するコメントだけでなく、

単純にエンジェルスが可愛すぎるとか、ローラの脚が長すぎたとかそういう

脳みそ溶け気味のキンキーブーツへの愛をただただ叫んでいただいても結構ですので…!

よろしくお願いしまーす!!